自公惨敗!

国民は、自公政権にノーを下しました。

毎年変わる自民党総裁。

内部分裂。

公明党にキャスティングボートを握られている自民党。

末期症状となっていましたから、当然の結果でしょう。


一丸となれない組織は組織とは言えません。
民主党だってこれから大変でしょう。
本当にまとまれるのか?
マニフェストは実行できるのか?


国民は民衆党を信じて投票したのではなく、何とかしてほしいという願望にすぎません。

国民にとっては自民党だろうが、民主党だろうがどっちでもいいんです。
頼れる政党の実現を待っているだけです。

自民党に失望して、とりあえず変えてみようというというに過ぎません。
民主党の力量がこれから問われます。

二大政党制になって、いつでも政権選択選挙になれば選挙が面白く、そして民意が反映されやすくなるんじゃないでしょうか。

さあ、いよいよ衆議院選挙

JUGEMテーマ:日記・一般

 さあ、いよいよです。

小泉改革、郵政選挙の時に続いて関心が高い選挙となりました。
「自民党をぶっ壊す」小泉さんの威勢のいい発言で大勝した自民党が本当にぶっ壊れそうです。

民主党もどこまでやれるのか、未知数です。
小泉改革にも結果が見えないまま飛び乗って今の状況です。

先が見えないまま民主党に乗っかって大丈夫?と不安も伴いながら、「とりあえず、まあ、一度やらせてみるか。ダメならまた替えるだけ」ってとこでしょうか?

まあ、官僚の手のひらで動いていた自民党からも「脱官僚」なんて言葉が出てくるようになったのは民主党の力でしょう。

でも、替えたつもりが・・・自公から民公になっていたなんてことないように願いたいですね。


三か寺懇親ゴルフ


組内近隣寺院三か寺の親睦ゴルフがありました。

私としては、今年これで3回目のゴルフ挑戦です。

二日前、これに備えて練習ラウンド。

今年、半年ぶりの2回目のゴルフは予定通り、100が切れませんでした。

しかし、昨日の本番では43,46。練習ラウンドの成果バッチリ。

明日やれば、40,40・・・そんなわけないか。

骨折した足も完治していないまま歩きまわったアップダウン。

でも、もうすっかり大丈夫。何の支障もなく回れました。


それより何より、中、高一緒だった友人に思いもかけず出会えたことや、話してみれば色々とつながりのある方々と語り合えました。懇親の場で盛り上がり、またやろうという話に。

その実現はさておき、盛り上がったことが大いなる成果でした。
お互いあと残り少ない者同士、楽しい一日でした。


そうそう、ゴルフ場のモミジが一部紅葉していました。

きれいでした。

カメラ忘れて撮れませんでした。残念!

ちょっとショックです


多少の腫れは残り、足首などに違和感が残って、正座も長時間はできないなど完全には治っていませんが、骨自体は完全に接合しているものと思っていましたら、レントゲンにはまだ骨折部分が写っていました。[:がく〜:][:がく〜:][:がく〜:]


もう3か月経過。


1か月前のレントゲン写真では骨折部分が見えなくなっていたのに昨日の写真ではまだ薄くではありますが骨折部分が分かります。

そんなバカな。汗汗汗

1か月前のレントゲン以降、まったく骨折を意識しないで動き回っていたのに。GO!GO!GO!

先生にお礼と最後の診察をと思い、病院に行ったのにがっかりです。

やっぱり若くないのかな?

通常、2〜3ヶ月で骨はくっつくと言われ、2ヶ月目のレントゲンで完全にくっついているように見え、私の体力はまだ若いから2ヶ月でくっついたと思っていたのに・・・。

やっぱり年齢は年齢ってとこでしょうか?

1か月前のレントゲンは何だったのだ?
角度によって写りにくいことがある・・・?

田母神元空幕長、暴言


「広島平和祈念式典に参加しているのは左翼ばかり」と発言したとか?

ここまで無責任なことを言えば、呆れるよりほかありません。


被爆2世や3世が式典に参列されているだけでなく、広島県内はもちろん、全国各地にちらばっている被爆2世や3世、あるいは平和を願う人々がテレビ中継で各家庭で見て参加しています。

そして一斉に黙祷をしています。

私もその一人です。

原爆死没者を追悼し、世界の平和を願う者は皆、左翼ということなのでしょうか?

院号法名


一周忌のご法事にお参りに行きました。

ご本山から贈られた院号法名がお仏壇の横の棚に飾られていました。


読経とご法話がすんで、お茶をいただきながらお話をしていましたら、「院号をいただきありがとうございました。お墓にも刻みました。仏前にお参りする時も墓参りの時にも感謝しています」と語られました。


後へ残った者が先立った親族への感謝の気持ちをどう表すか?

お葬式にお金をかけ、どんなに立派なお葬式をしてもその時だけです。


院号はご法事の時、日々の仏参、お墓参り、いつまでも残ります。

ご遺徳を讃え、感謝する気持ちが末代残ってゆきます。


昔から、「お墓へ絹の布団は着せられない」と言いますが、遺族として感謝の気持ちをどう表すか、数少ない感謝の表現方法です。

日の丸騒動


日の丸を切り裂いて民主党の旗を作ったことがけしからんと麻生さん。

褒められる行為ではありませんが、政権選択を論ずる中で鬼の首でも取ったかのように取り上げる話ではありません。

戦時中でもあるまいに。
それをけしからんというなら、臓器移植法こそけしからんのでは?


臓器移植法は、まだ心臓が動いている幼子を切り刻んで臓器を取り、他者に提供しろという法です。自由意思としても我が子が脳死状態になった親へのプレッシャーは相当なものでしょう。

これを薦めた張本人が、布を切り刻んだことを攻め立てるなんぞいよいよ焦っているということでしょうか?


また鳩山さんも鹿児島まで行きながら、問題を起こした鹿児島4区には入らなかったとか?


触らぬ神にたたりなしとでも言ったことでしょうか?

おそまつ。

キッズサンガ

お寺で遊ぼう!

50人以上の子供たちが集まってきました。

保護者と合わせれば80人以上になりました。
遊んだ遊んだ。

紙飛行機

本堂で境内で。



そして食べました。カレーライス。



エイッ!
スイカ割りゲームの後は、冷たく冷やしたスイカをたっぷり。

お寺の総代さんや仏婦・仏壮の皆さん、30名以上のスタッフが頑張って頂きました。


本堂に境内に笑顔とはしゃぎ声が満ちた一日でした。わーいわーいわーい

心で見る?


ものを見るのは目で見ているとばかり思っていたら、心で見ていました。

視界の中にあり、しかも一生懸命探していながらも心が働かなければ、見えません。

“忘れてはいけない。なくしてはいけない”と、わざわざ意識してどこかに置いたはず。
鹿児島行きの切符です。そう、村永さんのお葬式に行くための。

坊守と副住も加わって3人の目を皿のようにして探したのに見つかりません。

ところが、ありました。
目の前にありました。

わざわざ目につきやすいように、目の前の棚に貼り付けてぶら下げていたのです。


目を皿にして3人の目で一生懸命探して見えなかったものが、はっと気付いて心が棚に動いたら見えました。
目の前にぶら下がっていました。

視界にありながら、目立つように棚にぶら下げてありながら、しかも一生懸命探しながら、見えなかったのです。3人の目には。

置いてあるものばかりに心が向いていたから、ぶら下げてあるものが見えないのです。

目では探しているのに、心が見ていないんです。

目には見えていても、心がそこにないと見えないんです。

心で物を見ているってことですね。


ということは心が違えば、同じものを見ても全く違ったものに見えるってことでした。

法友・村永行善さん


明るく、前向きで、ユーモア溢れるアイデアマンでした。

宗門にとって惜しい人材でした。

“でした”と過去形で語らねばならない悔しさ。

2年前に京都にいた時、誰が言い出したか、みんなで一緒にペット検診を受けようと5人で受けに行きました。


彼だけ、一人残って詳しい検査となりました。

ガン発見。

早期発見でよかったね。と語り合いましたが、結局それから2年余りの人生でした。


でも、発見まもなく余命数か月と宣告されていたとか。

しかし、それを微塵も見せることなく前向きに生きて見せてくれました。
最近の痩せ細ってどす黒い顔は、壮絶な闘病生活を物語っていました。
それでも宗門のことを心配しながら、なおまだジョークを失わない人でした。

享年67歳。

昨日が鹿児島別院で本葬でした。

法友・村永行善さん。

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