良い人悪い人

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「ええばっかりの人間はおらん。悪いばっかりの人間もおらん」
 
朝日新聞「折々のことば」にのっていました。
 
でも、誰もが他人を「悪い人」、「良い人」と言っていますね。
 
そして自分はいつも「良い人」。
 
とかく陥りやすいところです。
 
だから阿弥陀さまが立ち上がってくださったのでした。
 


御報謝

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形あるものは皆壊れる。
 
頭で理解できることであっても、身は受け入れません。
 
自分の肉体が壊れることほど受け入れがたいものはありません。
 
でも、いや、だからこそそれを受け入れる訓練が日々大切なんでですね。
 
今の健康が明日にでも壊れることを思えば、今を感謝。
 
感謝から出てくるのが御報謝です。
 
身を粉にしても、骨を砕きても・・・御報謝。
 
700年も昔、冷房も暖房も・・・、厳しい環境の中で90才まで御報謝された親鸞聖人に学ばせていただきます。
 


後生の一大事

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なぜ、生きようとするのか?
 
あらゆる生物が“死”を嫌い、死から逃げようとします。
 
この世に生を得た全ての生き物が、自分を死から遠ざけようとします。
 
“死にたくない”でも“必ず死ぬ”
 
それを解決したのは人間だけです。
 
それが宗教です。
 
拝んで願いごとが成就するなんていうのは宗教ではありません。
 
単に迷信。欲望の満足・迷いです。
 
西洋の一神教から、仏教に至るまで宗教の基本は“いのちの解決”です。
 
“後生の一大事”です。
 


殺害、誰でもよかった

殺害、誰でもよかった

こんな事件が最近多くなりました。

御正忌報恩講で数年ぶりに本願寺の6時開始のお朝事にお参りし、−2℃の気温で火の気の全くない中、およそ2時間にわたってお勤めの御縁に会わせて頂いて思いました。


現代は環境が整い、快適が当たり前、人の優しさが当たり前、何もかも当たり前になって、かえって人間が壊れやすくなっているのかもしれません。


勿論、厳しければよいというものではありません。


大事なことは、環境が優しかろうが厳しかろうがどんな状況でも、自分を見失うことがない人間になることでしょう。


でも、言うは易しで現実には縁にふれればいつでも壊れてゆくのが人間です。


ナンマンダブ


ナンマンダブ


絶対に壊させない・・・阿弥陀さまの願いです。

事実とフィクション

芥川賞に石井遊佳さんの「百年泥」と、若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」が、そして直木賞には門井慶喜さんの「銀河鉄道の父」が受賞。


文学は人の心に大きな影響を与えます。

事実ではないことに人の心が動き、それに大きな影響を受けます。

事実よりももっと大きな力を持つこともあるのです。

事実は変化し、消えてゆきますが、譬えフィクションであっても事実を超えて心に届く感動は人の心に与えます。

感動は人を大きく育てます。

後生の一大事

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあら一わす

奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し

平家物語の格調高い一節は、人の心に響きます。

今日は、A寺の坊守様のお葬式。まだ50代でした。

インフルエンザのウイルスが心臓に入ったとのこと。

若い人の死、事故に限らないんですね。


何のために生まれ、何のために生きているのか?


後生の一大事です。

身底冷え、心底感動

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御本山の御正忌報恩講法要にお参りしてきました。
 
昨15日、朝5時40分に宿泊の聞法会館を出て、まず阿弥陀堂参拝。
 
6時より阿弥陀経のお勤めの後、御影堂に移動して日中礼讃。
 
読経が終わって引き続き、「讃嘆」という親鸞聖人をお讃えする読み物の拝読。
 
終わったのが7時40分。
 
入堂からおよそ2時間、気温−2度の中、全く火の気のない阿弥陀堂、そして御影堂に移動しての参拝。
 
しっかり着込んで行きましたが、体の芯まで寒さが沁みこみました。
 
でも、やはり“おたんや”にお参りすると感動とともに充実感を味わえました。
 


親鸞聖人のすごさ。

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今から800年も前、生活環境も今とは全く違い、自然とともに生きる。
 
夏は、暑さをしのぐ冷房は勿論、扇風機さえもない。
 
蚊やハエをはじめ様々な害虫と共に生活し、水道は勿論、トイレットペーパーもありません。
 
私が子供時分、終戦後でさえも水道はなく、井戸水をくみ上げて炊事場のカメに運んで貯めて使っていました。
 
お風呂も井戸からバケツで水を運び、山からとってきた焚き木を使って沸かしていました。
 
冬の寒い日、お風呂に入っている人の為に外から焚き木をくべて(たいて)いました。
 
入っている人は、お風呂の窯の淵が熱くなるので、敷板の真ん中に足を付けてお湯がぬくもるのを待っていたものです。
 
でも、まだそれはましで親鸞聖人の時代にはもっと、原始的な生活だったに違いありません。
 
そんな時代を90年生き抜き、お念仏を伝え続けられた聖人の偉大さに頭が下がります。
 


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